彦島の歴史・文化・魅力

関門海峡とともに歩んできた、この地域の歴史と暮らし。

彦島の港の朝仕事を描いたAI生成イメージ

まず、ここだけ

彦島を知る、3つの入口

名所だけでなく、海とともにある日々の暮らし・仕事・歴史から彦島をご紹介します。

彦島をめぐる
  1. 海とともに暮らす島

    関門海峡と響灘に囲まれ、約2万2千人が暮らす下関市最南端の地域です。

  2. ものづくりと水産のまち

    造船・化学工業と、ふくの南風泊市場を中心とする水産業が地域を支えています。

  3. 歴史を次の100年へ

    古社や産業遺産を受け継ぎながら、新しい道路を地域の未来へどう生かすか考えています。

関門海峡の南、下関市の最南端

彦島は下関市の最南端、関門海峡と響灘に囲まれた面積約11.26平方キロメートルの島です。

現在は3本の橋で本土と結ばれ、住民約22,240人(令和7年2月末現在)が暮らしています。

沿岸部には市内でも有数の工業地帯が広がり、「ふく」で知られる南風泊(はえどまり)市場を中心に水産業も盛んな、工業と漁業がともに息づくまちです。

彦島から望む下関市街と関門海峡の眺め

VIDEO / HIKOSHIMA

彦島の魅力を映像で

海と山、歴史と産業が交わる彦島の景色や暮らしを、PR動画でご紹介します。文章や写真だけでは伝えきれない、彦島の空気感をぜひ感じてください。

出典:下関市彦島地区PR動画(NINE WALLS制作)

彦島の見どころ

関門海峡とともに生きてきたまちには、歴史・自然・産業それぞれに、彦島ならではの見どころがあります。

  1. 彦島八幡宮1彦島八幡宮
  2. 巌流島2巌流島
  3. 南風泊市場3南風泊市場
  4. 老の山公園4老の山公園
  5. 三菱重工業下関造船所5三菱重工業
    下関造船所
  6. 彦島の歴史を紐解く6彦島の歴史を
    紐解く
彦島八幡宮の夕景

海と船と暮らしを見守る古社

平治元年(1159年)創建と伝わる彦島八幡宮は、造船・漁業関係者から篤い崇敬を集めてきました。

安産の神「子安八幡」としても親しまれ、彦島の歴史をたどるうえで欠かせない場所のひとつです。

彦島八幡宮について詳しく見る

巌流島は彦島のすぐ沖

宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘で知られる巌流島は、彦島江の浦のすぐ沖に浮かぶ小さな無人島です。

住所は「下関市大字彦島字船島」。地理的にも歴史的にも彦島と深いつながりを持ち、彦島や関門海峡の歴史を知るうえで大切な場所として位置づけられています。

巌流島と彦島の歴史を詳しく見る
巌流島の武蔵・小次郎像を上空から見た景色
夜明けの南風泊市場に並ぶ漁船と水産物

ふぐ専門産地市場「南風泊市場」

彦島西山町には、国内でも数少ない、ふぐを専門に扱う卸売市場「南風泊市場(はえどまりしじょう)」があります。

せり人と仲買人が布袋の中で指の感覚だけで価格を伝え合う「袋競り」が、今も夜明け前の午前3時台から続けられています。

南風泊市場について詳しく見る

桜の名所と、パナマ運河式の水門

老の山公園は、関門海峡や響灘を見渡す約20万平方メートルの総合公園です。春には約500本の桜が咲き誇ります。

すぐそばには、パナマ運河と同じ仕組みを持つ「下関漁港閘門」もあります。世界最小クラスとされるパナマ運河式水門として知られています。

老の山公園と下関漁港閘門を詳しく見る
満開の桜と関門海峡を望む老の山公園の風景
造船・港湾の現場で働く人たちを描いたAI生成イメージ
彦島のものづくりを支える仕事風景を描いたAI生成イメージ(特定の施設を示すものではありません)

彦島の産業を100年以上支える

彦島には、大正3年(1914年)創業の三菱重工業下関造船所があります。第3・第4ドックは、日本遺産の構成文化財にも認定されました。

100年近く前に築かれたドックが、今も現役で稼働し続けていることが、彦島のものづくりの歴史の厚みを物語っています。

三菱重工業下関造船所について詳しく見る

「引島」から「彦島」へ、江戸から令和まで

彦島はかつて「引島(ひきしま)」と呼ばれていました。源平合戦、下関戦争、造船業や化学工業の発展など、日本史の転換点にたびたび登場してきた島です。

元暦2年(1185年)の壇ノ浦の戦いでは彦島が平家最後の拠点となり、平知盛が陣を構えたと伝わります。幕末には吉田松陰が視察に訪れ、高杉晋作は下関戦争の講和交渉で彦島の租借を退けました。明治以降は工場群が立ち並び、昭和には橋で本土とつながり、人々の暮らしを大きく変えていきました。

なぜ「彦島」という名前になったのか。江戸・明治・大正・昭和・平成・令和、それぞれの時代に何が起きたのか。彦島の歩みを一気に紐解く特集記事をご覧ください。

彦島の歴史を紐解く特集を読む
橋の開通を祝い、手を振る彦島の住民たち(イメージ)

※掲載画像はイメージです。

約11.26km²面積
約22,240人人口(令和7年2月末)
平治元年(1159年)彦島八幡宮 創建
大正3年(1914年)造船所 創業

彦島の歩み年表

  1. 1平安〜幕末|「引島」と呼ばれた時代

    壇ノ浦の戦い(1185年)で平家最後の拠点に。幕末には吉田松陰が視察に訪れ、高杉晋作は下関戦争の講和交渉で彦島の租借を退けた。

  2. 2明治〜大正|近代化・産業の島へ

    1914年、三菱重工業下関造船所が創業。工場群が立ち並び、彦島は「ものづくりのまち」へと変貌していった。

  3. 3昭和〜平成|橋でつながる暮らし

    橋の開通で本土と結ばれ、人々の往来や暮らしが一変。造船・化学工業・水産業がまちを支える基幹産業に成長した。

  4. 4令和|過去から、未来へ

    人口減少や高齢化という課題に向き合いながら、2025年12月、下関北九州道路の都市計画が決定。彦島は新たな一歩を踏み出す。

江戸から令和まで、彦島は幾度となく歴史の転換点に立ってきました。そして今、下関北九州道路という新しい「橋」が、彦島の次の100年をつくろうとしています。過去の歩みを、未来への力に変えていくこと——それが、私たちの願いです。

下関北九州道路と彦島のこれからを見る

LIFE / PLACE / MEMORY

彦島の人と風景

海と山、暮らしと歴史が交わる彦島の風景と、地域で活動する人たちの姿をお届けします。

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彦島についてよくある質問

下関市の最南端、関門海峡と響灘に囲まれた面積約11.26平方キロメートルの島です。現在は3本の橋で本土と結ばれています。

彦島はかつて「引島(ひきしま)」と呼ばれていました。名前の由来や江戸から令和までの歩みは、特集記事「彦島の歴史」で詳しくご紹介しています。

彦島八幡宮、巌流島、南風泊市場、老の山公園・下関漁港閘門、三菱重工業下関造船所など、歴史・自然・産業が息づく見どころが数多くあります。

令和7年2月末現在で約22,240人が暮らしています。沿岸部には工業地帯が広がり、水産業も盛んな地域です。

彦島側には「仮称・迫町インターチェンジ」「仮称・南風泊港インターチェンジ」が計画されており、彦島は下関北九州道路の起点の一つとなります。

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